「飛行機でマスクをしない」という選択は妥当か否か

Medical Life Science Laboratory

旅行関係業種の救済を目的とするGoToキャンペーンの成果もあり、シルバーウイークは旅行を楽しむ人が急増しました。久しぶりに多くの観光地に賑わいが戻りましたが、そうなると懸念されるのが感染の拡大です。

9月12日には釧路空港から関西国際空港へと向かうLCCで、マスクの着用を拒んだ男性が機内から下ろされる、という出来事がありました。

この件について、男性を非難・擁護する意見が多数寄せられています。より多くの人が健康的に移動するためにはどうすべきか、ロジカルに考えてみる必要がありそうです。

■飛行機におけるマスク拒否は危険な行為か?

長距離移動でしばしば利用される飛行機には、いったん乗ると目的地に着くまで降りられない、という特徴があります。窓を開けられない上、席の移動も困難です。

したがって、新型コロナウイルス感染を防ぐためには、感染リスクの低減につながる機内環境が不可欠と言えます。今回、航空会社がマスク着用を拒む男性客を機内から下ろしたのは、この文脈に沿う行為です。

すなわち、彼を乗せることが他の乗客にとってリスクになる、と判断したため、男性客を乗せてのフライトを断念したと考えられます。

ここで問題になるのは、「男性客を乗せることがリスクになるか否か」という点です。男性客を擁護する人の多くは「リスクはない」あるいは「非常に低い」という立場をとっています。

■3分で空気を入れ換えるが感染者の列と前後2列は危険

前述したとおり、飛行機は窓を開けることができない密室です。最近では、快速電車などでも窓を開けているケースがしばしば見られますが、飛行機では不可能です。

しかしながら、飛行機は非常に効率のいい換気システムを搭載しているため、3分ほどで空気をすべて入れ換えられるといいます。

それなら安心……と言いたいところですが、換気で防げるのは空気感染であり、会話や咳、くしゃみなどに伴って飛ぶ飛沫による感染は防げません。

そのため、WHOでは飛行機内の感染リスクについて、「感染者が座る席の列と前後2列ずつの合計5列は感染のリスクが高い」とする見解を発表しています。

■国内外で飛行機内でのクラスター発生報告

実際、飛行機内で発生したと疑われるクラスターがいくつか報告されており、機内で新型コロナウイルスに感染するリスクは無視できるほど小さい、とは言えません。

8月3日には札幌/千歳→東京/成田で前後の席に座っていた乗客が感染。海外でもギリシャアテネ着のカタール航空で国籍等が全く異なる複数人のクラスターが発生したという事例が報告されています。

もちろん、飛沫感染の他にもトイレなどでの接触感染も考えられますが、いずれにしろ感染者が機内にいた場合、ウイルスが広がるリスクは確実に存在する、と考えるべきでしょう。

統計学を専門とするマサチューセッツ工科大学のアーノルド・バーネット教授は満席の飛行機に乗った場合、近くの乗客から新型コロナウイルスに感染するリスクは0.0233%程度だとする論文を発表しています。1年に10回乗る人なら、そのうち1度以上感染する確率は0.232%です。

ちなみに、日本人が1年間に交通事故に遭う確率は0.528%とされています。一見、かなり低い数字に見えますが、交通事故に遭わないよう、多くの人は運転する際や道路を横断する際などには細心の注意を払います。無視できるリスクではないのです。

飛行機内で新型コロナウイルスに感染するリスクはその半分を少し下回る程度です。感覚の問題でもあるので「無視できる」と言う人がいるかもしれませんが、大多数の支持を得るのは難しいでしょう。

■そもそもコロナは危険ではないという意見もあるが

男性を擁護する意見には「(男性は)感染していない」「日本人にとってたいしたウイルスではない」などの声もありますが、医学的な根拠に乏しいと言わざるを得ません。

まず、飛行機に乗った時点で新型コロナウイルスに感染していたか否かは誰にもわかりません。直前にPCR検査を受けていたとしても3割程度は偽陰性と判定されます。

新型コロナウイルスの危険性については年齢により大きな違いがあるので、その点を考慮して論を進める必要があります。

東京都が発表した年齢別の死亡率を見ると、たしかに50代以下にとっては「たいしたウイルスではない」かもしれませんが、70代では17%、80代30%、90代34%となっています。

機内に高齢者および高齢者と同居している人がいない、という確認が取れていれば別ですが、そうでなければ、同じ飛行機に乗らざるを得ない人たちにとって、飛沫を防ぐマスクをあえてしない、という選択が一種の加害行為に感じられるのは無理からぬことと言えます。

■少数者の権利尊重と最大多数の最大幸福

今回の騒動については「マスクの着用を拒否した男性」と認識されているTwitterアカウントが、考えの詳細を語っています。

単文を連ねるTwitterの特徴により、論理を追うのは難しいのですが、男性の主張を要約すると、次の2点が浮かび上がってきます。

①何らかの理由でマスクを着用できない(したくない)人間の権利も尊重されるべきだ。

②航空会社はマスクを着用しなければ飛行機に乗れない、と事前に告げなかった。

上記の理由により、飛行機から降ろされたのは不当である、というのが男性が展開する理屈です。

このうち、①は「少数者の権利対最大多数の最大幸福」という古典的なパラドックスであり、状況によって、どちらをどれだけ優先するか、判断すべき事柄でしょう。

報道されている状況や男性のTwitterを見る限りでは、少数者の権利が多数の権利よりも重視されるべき理由が明確に説明されていません。

マスクに飛沫感染の予防効果や目や鼻を触るのを防ぎ、接触感染を抑える効果があることは既知の事実です。その配慮をあえて拒むのであれば、相応の説明責任が生じる、というのが一般的な認識でしょう。

たとえば、男性が「暑くて蒸れるのが不快だから」という理由でマスクを着用しないのであれば、「マスクをつけてくれた方が安心できる」というその他大勢の安心感を犠牲にするのが妥当、とは言いがたいのではないでしょうか?

一方、男性の側に「マスクを着けると呼吸停止などの重篤な症状が現れる」というのであれば、「安全・安心」の程度が下がることを許容できる人がその他大勢の中にも増えるはずです。

いずれにしろ、権利が衝突する場において、少数者の側にはコンセンサスを得るための努力が不可欠です。

こう語ると、「なぜ、少数者側だけにその義務を負わせるのか?」と問う声が上がりそうですが、答えは簡単です。その他大勢の事情は普遍的であり、あえて説明を要するものではないため、コンセンサスを得るために働きかける必要があるのはもっぱら少数者の側に限られるのです。

報道やTwitter等を基に判断するなら、問題となったケースでは「マスクを着けない」という行為に対して理解を求める努力が欠如しています。

少数者の権利が尊重されるべき、という理想はそのために多数者の幸福を犠牲にすべし、という論と表裏一体です。そのことを理解できていれば、社会的に成熟度の高い対応ができたのではないか、と思われます。

ちなみに、②の航空会社が「マスク着用は義務、と告げていない」という主張についても、同様の考えが適用できます。

このケースで航空会社は最大多数の乗客が望むことを実現すべく、活動したにすぎません。表示がなければお客の権利を制限できない、というのは「安全運行」を最大の課題とする航空会社には適用できない理屈でしょう。

■まとめ

ウイズコロナの社会において、「自粛警察」「マスク警察」がヒステリックに騒ぎ立てる様子には一種の狂気が感じられます。ただ、同じく「マスク左翼」とでも呼ぶべき活動が活発化しているのも、かなり奇異であり、無用の軋轢や感染リスクを生み出しています。

理念ではなく論理でものごとを判断しなければ、私たちはコロナではなく私たち自身を最大の敵として、不自由で危険な生活を強いられることになりかねません。

 

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