コラム

大阪で発生した心療内科クリニックの放火事件や埼玉県で発生した立てこもり事件など、医療関係者が理不尽な暴力の被害に遭うケースが増えています。

背景にあるのは医療に対する過剰な期待と健康維持における自己責任の放棄です。コロナ禍の中、私たちは医療をどのように利用すべきか、確認する必要がありそうです。

■4割が身の危険 心配される医療関係者の暴力被害

医療の現場では近年、患者や家族による暴力・暴言の被害が強く意識されるようになりました。医師の4割以上が「身の危険を感じた」と回答しているアンケート調査もあり、医師や看護師にとって、日常的な出来事となっています。

2021年12月に大阪市・北新地の心療内科クリニックで発生した放火事件では、医師やスタッフ、患者など25人が死亡しました。ガソリンをまいた上で火を放ったとされる容疑者は同クリニックに通院する患者の1人でしたが、警察の調べでは、あらかじめ綿密な下調べを行い計画を練った上での犯行だったことがわかっています。

埼玉県ふじみ野市で起きた事件の容疑者は死亡した医師に往診を依頼していた女性患者の息子でした。母親の死後、医師らを呼びつけて「心臓マッサージ」を求め、断られると猟銃で医師らを撃ったとされています。

二つのケースに共通するのは容疑者の状況です。いずれも60代の男性で、社会から孤立し経済的にも困窮していた、と報じられています。

国内社会において、格差が広がり高齢者の孤立が問題となる中、患者やその家族が鬱積した感情を医療関係者にぶつけるケースは今後も増える恐れは大きいと考えられます。

■拡大自殺と医療への過剰な期待

大阪北新地における放火殺人事件のようなケースは「拡大自殺」とも呼ばれます。無差別に他人を巻き込んで自殺する行為であり、ふじみ野市の事件でも、容疑者は「医師を撃った後、自殺するつもりだった」とも語っており、「拡大自殺」に分類できます。

この2つの事例を含め、医療関係者が患者や家族から暴力をふるわれるケースでは加害者側が医療に対して過剰な期待を抱いているケースが少なくありません。

大阪で放火事件を起こした容疑者は医師やクリニックに対して恨みを持っていたわけではなく、むしろ親近感を持っていた可能性が指摘されています。

社会の中で孤立していた彼にとって、医師を含むクリニックの関係者は死出の旅を共にしたい人たちだったのでしょう。一方的な帰属意識から、家族と心中する人と同じく、彼らを道連れに選んだものと考えられます。

一方、ふじみ野市の立てこもり犯の場合には、医師の能力について過剰な期待があったと思われます。すでに死亡している母親について、「医師ならばなんとかしてくれるかもしれない」という期待が一部にあり、それが満たされなかったため猟銃の引き金を引いたのです。

ただ、あらかじめ猟銃に弾を込め催涙スプレーを用意していた、と報じられているので、蘇生を断られることも想定していたのでしょう。

「その場合には息子の悲嘆や喪失感に寄り添ういたわりが医療関係者にはあるべし。もしもないのであれば、報復する権利がある」といった、身勝手な思いを抱いていた可能性が状況からは考えられます。

■医療は万能ではない 資源と能力には「限界」がある

日本の医療技術は世界屈指の高さを誇ります。国民皆保険制度のおかげで、私たちはそんな医療を基本的には国内の多くの地域で、極めて安く利用できます。

これは世界的に見ると、非常に稀少な状況であり、国民の多大な負担によって成り立っているのですが、私たちは普段、そのことをほとんど意識しません。

蛇口をひねればきれいな水がいくらでも出てくるのと同じく、急に体調が悪化したときには救急車を呼ぶだけで、適切な医療を受けられ健康な状態に戻してもらえる、と考えている人が大半です。

しかしながら、医療には限界があります。いつでも、どこでも、どんな病気でも治せるわけではありません。患者や家族の精神状態を100%ケアする存在でもありません。

コロナ禍の中で警鐘が鳴らされるようになりましたが、医療資源にも限りがあります。救急車を呼んでも、病院に搬送されるのに5時間以上かかるケースが、最近では数多く報じられるようになりました。

ほとんどの先進各国において、医療が無尽蔵の資源でないことはすでに周知されています。医療関係者は限られた設備や時間をやりくりして治療を行っているため、ときには患者の年齢や病状に照らし「あえて治療しない」といった対応もあり得ます。

医療資源を守るため、日常的に命の選択が行われているのですが、日本では長く、そういった選択が避けられてきました。治療を施しても苦痛を長引かせるだけ、とわかっていても家族の求めがあれば手術など患者にとって負担の大きな医療が提供されてきたのです。

新型コロナウイルス感染症のまん延により、そういったやり方を続けるのが難しくなっています。医療資源がひっ迫する中、必要な医療を提供できないケースが増えており、医療関係者、患者、家族とも命の選択を迫られるケースが増えています。

私たちが万能かつ無尽蔵に近いと信じてきた医療にはもともと限界があり、そのことがいよいよ露呈しつつあるのです。

■自己責任をまっとうするのに必要な3つの事柄

医療が限界を迎える中で国内の医療資源を守り、自身の健康を守るためのカギは「自己責任」の意識にあります。健康を守る主体は医師や看護師ではなく自分自身であることを認識できれば、医療関係者の限界を理解して、地域の医療資源を正しく利用できます。

自己責任に基づいて健康を守るためには主に3つの事柄が大切です。

①人の身体や健康、医療に対する正しい知識

自身の健康を守る基本は正しい知識にあります。人の身体はどのような仕組みで機能しているのか、健康を守るためにはどのようなライフスタイルが適切か、病気や身体の不調を治すためにはどのような医療を受けるべきか、などの知識を自身で集め、学べば、健康を害するものを日常生活から排除し、より健やかに暮らしやすくなります。

②食事・運動・睡眠などの生活管理

健康の基本は食事・運動・睡眠の3要素にあります。①であげた知識に基づいて、これらを適切に管理し、心の状態に照らしながら節制できれば、健康を維持できます。

③「貯筋」など将来に向けた健康資源の拡大

今現在の健康状態は10年前、20年前から続けてきた生活習慣の結果です。その間、健康的な生活を心がけてきた人は生活習慣病などを抱えるリスクは極めて低く、逆に食事や運動、睡眠に無頓着だった人の健康状態は経年とともに悪化します。

したがって、将来も健康でいるためには、運動して「貯筋」につとめるなど、健康資源を拡大していく活動が不可欠です。

■まとめ

コロナ禍以前から、医療関係者への暴力や暴言は現場で大きな問題として注目されていました。背景には優れた医療制度に依存し、期待しすぎる日本人の姿勢があるものと考えます。

コロナ禍により、医療資源がひっ迫していることもあり、「健康は自己責任」という意識がこれからはより強く求められます。一人一人が自力で健康に関する正しい情報を集め、健康維持につながる生活を送ることで、私たちは医療と健全に向き合えるはずです。

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