コラム

人の身体は複雑に連携しており、ある部分に発生した不具合がさまざまな部位の病気につながることが珍しくありません。逆に言えば、そんな「要」となる部位を意識することで、全身を健康な状態に保ちやすくなります。

意外に意識されていませんが、「歯」はそんな健康の「要」の一つです。

◆食事、会話、脳への刺激……たくさんある歯の役割

ヒトの歯は一生に一度だけ生え替わり、以降は一揃いをずっと使い続けることになります。成人の場合、正常な本数は32本(親知らずを入れた場合)あるいは28本(親知らずを除いた場合)とされており、それぞれ「かみ切る」「すりつぶす」などの役割があります。

一般に、歯は食事のためにある、と思われがちですが、実はその他にも「正しく発声する」ことにも関わっています。自身で経験したり、見聞きしたりしたことがあると思いますが、歯が抜けるとそこから息が漏れるので、発音が不明瞭になってしまいます。

また、最近では「噛む」という動作により、脳の血流がうながされることが分かってきました。東北大大学院の渡辺誠.歯学研究科長らのグループの研究によると、高齢者では歯の本数が多い人ほど記憶を司る海馬やその周辺の容積が維持されているといいます。

人は歯でしっかり咀嚼することで、記憶力を維持しているのです。

◆認知症、心臓や脳の疾患とも密接に関係

前述のように、歯の本数と記憶力は密接に関係するので、歯を失うことは認知症のリスクにつながります。

神奈川歯科大学の山本龍生教授が愛知県知多半島で65歳以上の人4425人を4年間にわたって観察した研究では、歯の状態と認知症に密接な関係があると報告されています。歯がほとんどなく入れ歯を使用していない人が認知症になる割合は歯が20本以上ある人に比べて約2倍も高かったのです。

歯の健康は土台である歯茎によって支えられています。そんな歯茎の健康が心臓など全身の疾病と関係することが、近年明らかになってきました。

口の中には500種類以上の細菌が棲息しており、その中には歯茎の歯周ポケットで増殖して、歯周病を引き起こすものもいます。そんな歯周病菌が作る毒素が血管を傷つけて動脈硬化を引き起こしたり、歯周病菌そのものが心臓の内側にある膜に感染したりすることがあります。

動脈硬化が進めば、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの疾患につながります。心臓内に感染した歯周病菌が増殖すると、最終的に重篤な病気を引き起こすことがあります。歯や歯茎の病気は実はとても大きなリスクをはらんでいるのです。

◆歯磨きや歯垢のクリーニングに意味はない?

そんな大切な歯を守るために何をすればいいのでしょう? 

人が歯を失う原因は主に虫歯や歯周病です。虫歯はたまった歯垢で繁殖した細菌が酸を分泌することで、歯がダメージを受ける疾患とされています。同じく、歯周病も歯周ポケットで繁殖した細菌が血管に入り込むことで慢性的な炎症が起きる病気です。

虫歯や歯周病の対策として、一般に、歯磨きや歯科医院でのクリーニングが推奨されていますが、筆者はかつて歯科医師を取材した際、「本音」を聞いたことがあります。

「実際には歯磨きや歯科医院でのクリーニングにたいした効果はないんです。それよりも全身の健康状態を整えることの方が効果があると思います」というのです。

人の身体にはもともと、病原体に対抗する仕組みが備わっています。環境や体表、体内には有害な病原体が実は非常にたくさん存在していますが、対抗する仕組みがあるので、ひんぱんに病気になることはないのです。

虫歯や歯周病についても同じです。たとえば、唾液中には細菌を抑える成分や傷ついた歯を修復する成分が含まれていますし、歯茎にも細菌感染を抑える免疫細胞が存在します。

ですから、それらがちゃんとはたらいていれば、虫歯や歯周病になることは少ないのですが、なんらかの原因でそれらのはたらきが低下すると、歯や歯茎の健康が損なわれてしまうのです。

◆注目したい歯と糖の関係

虫歯や歯周病の原因と考えられているものに「糖」があります。「甘いものばかり食べていると虫歯になるよ」と子供のころ親から注意された人は多いと思います。

糖は歯を溶かす細菌のエサになることから、そう言われていたのですが、実は糖にはもう一つ、大きな弊害があるのです。それは、過剰にとると血糖値が上がること。

血糖値が高い状態が慢性的に続くと、糖尿病を発症するリスクが高まります。糖尿病は血管をはじめ、全身の細胞を傷つける慢性的な病気です。口内の健康にも大きく影響し、唾液の減少や口内の細菌を抑える免疫の低下、歯や歯茎の血行不良などをもたらします。

その結果、細菌を抑えたり歯を再生したりするはたらきが低下するので、虫歯になったり歯周病になったりするのです。

歯周病と糖尿病の関係には逆の作用もあります。すなわち、歯周病が悪化することが糖尿病の重症化にもつながるのです。歯周病により血液中の炎症物質が増加したり、細菌が分泌する毒素が体内を循環したりすることで、インスリンの効果が低下するなど、糖尿病の治療にも悪い影響が生じます。

歯や歯茎の健康を維持して全身の健康を守るためには、「糖」が身体を害するのを予防することがとても大切なのです。

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